コミュニティ・トレードとフェアトレード

 フェアトレード

フェアトレードという言葉も、一昔前の状況とは打って変わり、わたしも最近では「フェアトレードって何?」と説明を求められる事も殆どなくなりました。

一次産品の生産に頼っている発展途上国は、どうしても、貿易において先進国よりも不利な立場に立たされてしまいます。一次産品の多くが先物取り引きの対象となっており、その価格は先進国の投資家によって大きく左右されてしまうからです。そんな状況を是正できないものかと、草の根の取り組みからフェアトレードが始まりました。

多くの場合、NGO 分野も併設しているフェアトレード専門の業者さんが、生産者と直接に関わっています。

近年、フェアトレードという言葉が一般的になるに連れて、フェアトレードという言葉の指す内容も大きく二つに分かれてきたように思います。

一つには、IFAT(International Federation for Alternative Trade)や FLO(Fairtrade Labeling Organisation)が認定している、フェアトレードのラベリングに象徴される形です。

これらの非営利団体が、フェアトレード商品に対して、この商品は確かにフェアトレードのものだ、という認証ラベルを発行します。

このシステムは消費者にとっても分かりやすいですし、生産者の地位を守っているようにも見えます。しかし、実際にこのラベリングを認証してもらえるのは、大資本の企業が、その企業のイメージを良くするために多く利用しようと考えているようです。事実、このラベリングの認証を得るには、それなりの纏まった資金が必要だとも言われています。零細な生産者や取引に於いては、ラベリングの認証を請けること自体が難しいのも現状です。

もう一つは、上記のような動きに対して、何となく疑問を感じている人たちが進めている試みです。

ラベリングは結局の所、経済のグローバリゼーションの中に、途上国の貧困階級の人たちを巻き込んでしまう事にもなり得ません。社会的に弱い立場にある人たちは、経済のグローバリゼーションによって、より不利益な立場での取引を強いられてしまいかねないのです。

その事を危惧する人たちは、グローバリゼーションとは別の、オルタナティブな貿易方法を模索し、生産者と消費者がお互いに尊重し合うような関係を築く事がより重要な事だと考えるようになりました。

このようなオルタナティブなトレードの場合、大口での取引ではなく、生産者と消費者が身近になれるようにと、小口の取引をする場合が多いようです。

わたしの立場は、後者の側にあります。そのため、フェアトレードという言葉より、コミュニティ・トレードという言葉を出来るだけ積極的に使ってゆきたいと考えております。

 コーヒーのフェアトレード

コーヒーの生産量の多くは、ロブスタ種という、レギュラーコーヒーとしては、ちょっと飲みにくい品種のコーヒー(主にインスタントコーヒーや缶コーヒーの量増し用に用いられます。ヨーロッパなどではそれを深煎りにして、さらに濃厚なミルクと砂糖を沢山入れて飲んだりもしています。)がプランテーション経営で大量に栽培されていますが、そのようなプランテーションは、普通、大資本の元にあると考えて間違いないでしょう。

レギュラーコーヒーとして美味しく飲める、品質の高いアラビカ種は、普通、平地では育ちにくいため、山の中で小農民たちが地道に生産しています。

アラビカ種のコーヒーの価格は何故か、ニューヨークの先物取り引き市場で、先進国の投資家たちの事情によって決められてしまいます。かつて、コーヒーの価格が安定していたころは、小農民たちもコーヒーの栽培だけで十分に生活できたのですが、西暦2000年頃、その価格が大暴落しました。

プランテーション経営ならば、価格が暴落しても何とかなるのですが、小農民たちは出荷しても赤字になるだけ、という状況に追い込まれてしまいました。

コーヒーはあくまでも換金作物です。それを売って現金にし、食料を購入しなければ生きては行けません。小農民たちは植えないために、コーヒーの木を伐採し、そこに畑を作り自給自足しようとしたり、畑も作れないような斜面などでは、周りの森の木を伐採し、その材木を売る事で生計を立てようとしました。この事は、森林破壊にも繋がる問題となっています。

こんな状況の中、コーヒーは大量生産に成功しているブラジルとベトナムを除く豆は世界から全滅するだろうとまで言われたのです。そして、コーヒーのフェアトレードの必要性が重要視されてきました。

以前は農薬や化学肥料をふんだんに使って栽培していた小農民達が最初にぶち当たった壁は、農薬や化学肥料を購入する資金が無くなり、コーヒーの木は虫食いだらけになってやせ細り、収穫が見込めなくなるという現実でした。

そこでフェアトレード団体は、小農民達に、農薬や化学肥料を使わなくても確実に収穫の見込める栽培方法を実践してゆきました。そしてそこで収穫されたコーヒー豆はフェアトレード商品として、市場価格とは関係なく、農民が充分に暮らしてゆけるだけの対価を保証する形でフェアトレードを推進する貿易会社などと取引されるようになったのです。

現在では無農薬有機栽培に成功している農民達は、無農薬有機栽培認証を取得する事を目指しています(主に自国の規格や、それがない国ではヨーロッパの規格の取得を目差しています。日本のJAS規格は国際的に互換性がないため、後回しにされます)。既にそれを取得している協同組合なども少なくはありません。無農薬有機栽培の認証を得ると、その事でその豆には箔がついて、先物取り引きの相場価格とは関係なく、高値で取引してくれる業者さんが着き易くなり、自立に繋がるからです。

 コミュニティ・トレード

わたしはフェアトレードに関して簡単に言ってしまえば、「先進国の都合ばかりを考えずに、発展途上国の生産者達が自立して、先進国と対等な立場で貿易が出来るようになる事を目指して活動している、これからの貿易のスタイル。」と考えております。

つまり、フェアトレードとは将来的な希望として、その概念が必要なくなり、世界全体が平等な条件の下で貿易が出来るようになる事を究極的な目的としているとも言えます。残念ながら現時点ではとてもフェアトレードという概念をなくす事は出来ないどころか、まだまだそれを必要としている発展途上国の生産者達が沢山いるのが現状です。

フェアトレード団体は、生産者たちに必要な機材を寄付したり、生産技術を指導したりして、そこで生産された商品を、生産者がその国で普通のレベルの生活ができるような価格で買い取ります。この“普通のレベル”というのがポイントです。必要以上に高額で買い取ってしまうと、そこの生産者たちは、“援助依存”の状態になってしまい、自立することが難しくなってしまうからです。

フェアトレード団体は、生産者がある程度自立しても、引き続き取引を行います。自立したから「はい、さようなら」、という訳ではありません。両者の間には既に“信頼関係”が成り立っていますから、その信頼関係をもとに“貿易”を続けてゆきます。

最近わたしは、コミュニティトレードという言葉を使うようにしています。コミュニティトレードという言葉も、人によって考え方はまちまちなのですが、わたしはむしろ、この言葉が厳密に何らかの組織によって“定義”されてしまわない方が良いと考えております。

定義されてしまうことによって、途上国の生産者たちが、先進国の都合が優先される、大きな貿易システムの中に取り込まれてしまうことを恐れているからです。肝要なことはむしろ、生産者のコミュニティーと消費者のコミュニティーの相互理解では無いでしょうか?

“お金の理論”で貿易するのではなく、“人と人とのつながり”で貿易するスタイル、わたしはそれが“コミュニティトレード”だと考えています。

文責:珈琲工房ラパン・ヴェール はらだようへい

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